2008年7月のアーカイブ

ぽにょ。

7月 28, 2008

ぽにょ。を観た。

色使いがステキで、画面に引き込まれた。

お話は、小さい頃のわくわくして過ごしていた夏休みの気持ちを思い出させてくれるものだった。

真っ直ぐに。ものを見つめることのできる心の強さ。

真っ直ぐに進むことのできる心の強さ。

よけいなオプションを考えずに自分の気持ちに素直にいたい。気持ちが傷ついたり、落ち込んだりしないように、気持ちをコントロールしている。これは成長したってことなのかな。

真っ直ぐに熱中できるものを、ことを見つけよう。

あの。水彩な色使いの世界に私も住んでみたい。

私が作りたいと思う世界観の色合いはぽにょ的だ。

ベタッとした平面的な強さを持った表現の雰囲気ではなくて、ふわっと奥行きのあるしなやかさを持った世界観が私は好きで、こんな人間に私はなりたい。

ぽにょ。の歌を歌いながら。

ぽにょ。に元気づけられた。

明日は、元気に過ごそう。

girl’s

7月 28, 2008

昨日は、友達のお誕生日会♪

社会人として頑張っている友達をみると。自分ももっともっと頑張ろうという気持ちになる。

人として、女の子として、社会人としてみんな本当にすごいし、尊敬できる。

みんな、進んでいる進路も、好きな人のタイプも、何もかも違う。

違うからこそ、一緒にいて楽しくて、素直になれるのかも。

私はもっと、自分がどんな人として成長したいのか考えないと。

人としてのvisionをもっと持って頑張ろう。

今日は小さなことで落ち込んでしまったけれど、メソメソしてる場合じゃないなあ。

まだ、終わったわけじゃない。これからが頑張り時だなあ。

素直に。明るく。前向きに。頑張ろう。

夏休み。散歩もの。

7月 28, 2008

散歩。表参道の小さい神社でお祭りがあっていた。

都市の中の小さい隙間であっているお祭り。心の隙間にスッと入ってくる、時間の感覚をスッと狂わせてしまうような不思議な魅力を持ったものだった。

提灯の光の色や。盆踊りの太鼓の音。

長いこと続いている人と人の関係。

都市を成立させているものは、建築物やインフラだけではない。これはあくまでも器だ。

光や音、人の関係といった要素が都市を成立させているのだ。

そして、この要素の魅力が、要素と人の関係が都市の魅力を構築しているのだと思う。

夏の始まりに出会った、このお祭り。

この魅力。

人の心を掴んで。笑顔にしてしまう。お祭りの魅力。

忘れないようにしよう。

都市歩きは。このお祭りのような小さなハプニングがあることでぐっとドキドキしたものになる。

この夏は、散歩ものになろう。

7月 7, 2008

ブログ、イロイロデザイン変えたいけど、どうすればいいんだろう。

アートについて[研究推敲]

7月 7, 2008

創造社会においては生活者の創造性を重視するために生活者を取り巻く環境のリ・デザインが始まっているという。しかし、美術を取り巻く環境においては、 依然として展示作品と鑑賞者の関係性が画一的で「観る」側と「観られる」側の関係性が固定した一方通行のコミュニケーションしか生み出していないように思 われる。しかし、ソーシャルメディアを用いることで、一方通行であった情報発信の方法やアートと人々の繋がり方に多様性が生まれ、既存の美術鑑賞スタイル の在り方についての概念を超えた、双方向性のある鑑賞スタイルを生み出すことが可能であると思われる。つまり、作品を「観る」という行為が大きなウェイト を占めていた美術経験が、webというメディアを通じて人とアートを繋ぐことで、人々が作品を共に楽しみ、共に創造し、共に発信するという新たな美術経験 の提供に繋げることができるのだ。
つまり、アート自体の持つ可能性をweb上で如何にして表現して人と繋げるか、そして、人がアートに対してど のようなコミュニケーションを返してゆくことができるのかというインタラクティブなコミュニケーションの可能性をアートというフィールドにおいて研究し、 その可能性を探求することに意義があると思われるのだ。すなはち、webを通じた鑑賞スタイルを人々に提供することに留まるのではなく、ソーシャルメディ アを用いてアートと人を繋げるプロセスにおいて、どのようなコミュニケーションを育むことができるのかというその可能性を研究する必要があると考えてい る。

また、ソーシャルメディアを用いた新たな美術経験を考えるにあたって情報の発見、共有、発信という人々の鑑賞プロセスに変化を与え ることは、人とアートのコミュニケーションの在り方における鑑賞スタイルに多様性をもたらすだけではなく、既存の美術館運営や美術家支援のビジネスモデ ル、新たな美術表現の在り方を追求することにも繋がると考えられ、その可能性についても研究したいと考えている。
例えば、 ソーシャルメディアの存在により美術館が収蔵する作品は必ずしも物理的に存在する必要が無くなり、美術はpictorial な存在としてweb上に存在することで価値を生み出すビジネスモデルを生み出す必要性が生まれる可能性があると考えられる。既存のメディアにおいては dateとして扱われる情報をいかにしてweb上で価値のあるサービスとして、価値のある経験に還元して美術を人々に提供してゆくか、美術と人々の生活経 験を構築してゆくかということがこれからの美術館運営においては大切となってくるのではないだろうか。直接的な体験として感じることのできる美術経験の豊 かさを大切にしつつも、ソーシャルメディアを用いてよりインタラクティブに人が関わってくる美術の在り方を模索することも、美術界において新たなビジネス モデルを生み出すためには不可欠であり、そこに本研究の意義があると思われるのだ。
この新たなビジネスモデルの創出という観点から考えると、美 術自体の表現方法や美術家達の活躍方法においても新たな可能性を見出すことに繋がると思われる。例えば、美術家の活躍のフィールドがソーシャルメディアを 用いた場にも広がるということは、美術家の表現の場が広がることと、美術作品や美術家の作品の価値判断がソーシャルメディアの利用者である一般の人々に委 ねられことを意味し、既存の美術の世界における美術価値のヒエラルキーの概念に変化を与えることができると思われる。この美術作品の価値のヒエラルキーに 変化が起こることの利点としては、「作り手」と「受け手」という既存の美術の創造と発信の在り方に対して変化を与えることにも繋がり、この変化をきっかけ に美術家の活躍方法を拡大させることが出来ると考えている。ソーシャルメディアが人の生活と社会におけるコミュニケーションに介在することで変化する美術 の在り方の構造変化、つまりはビジネスモデルの変化に伴い生まれる新たな美術家達が社会と繋がるためのコミュニケーション方法について研究することは、美 術家達の活躍する場を新たに生み出すことや活躍の支援を行うことにも繋がり、そこに本研究の更なる意義があると考えている。

thinking:art

7月 7, 2008

私が気になっていることの一つに、美術の鑑賞スタイルがあります。

■既存の鑑賞スタイルは、美術館建築という箱のハードが定義した画一的なスタイルが主である。

これは劇場建築がプロセニアムステージなどを定義したことで、舞台演出や観客と舞台の関係性を画一的にしてしまっているのではないかという問題の根本を共にしていると思われる。

■美術はなぜ美術館という箱に閉じ込められているのか。

作品の保存や劣化を防ぐという合理的な理由を除けば、美術は本来、人々の家や、街の中など、生活に密着した空間に存在するものなのではないだろうか。

美術館の在り方。鑑賞スタイルの在り方。
美術館という箱が定義した美術の鑑賞スタイルから解放されたアートの在り方を考えることで、アートの可能性も見えてくる気がする。

◆美術館というハードへのアプローチではなく、新しい美術表現や、人々の生活経験を豊かにするきっかけを生み出すことができるような方法で、鑑賞スタイルを再構築したい。

本との出会い

7月 7, 2008

本との出会いは、私にとって人との出会いと同じ位大切なものだ。
人生の伏線に本との出会いはリンクしている。

小説は不思議な位、心模様にリンクして心を見つめ直すきっかけを与えてくれる。
実用書(?)は、進みたい方向にリンクして考え方の幅を広げるきっかけを与えてくれる。

今。読んでいる本。
Subject to Change
Designing Interactions
Sketching User Experience
Digital Ground
新都市論 東京
海のふた
東京バンドワゴン

Hello world!

7月 5, 2008

agile planning + agile action!!

まだ、設定不完全ですが、blog始めます。